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ベトナムにおける自閉スペクトラム症に対する福祉施策

2025年2月、ベトナムからチャン・ティ・ヴィエット・ハーさんが来日され、日本の自閉症の状況やペアレントトレーニング、地域での自閉症協会の取り組み(親の活動)などについて取材されました。ハーさんは、2024年9月に東京でベトナム自閉症ネットワーク*と日本自閉症協会が交流された時に現地で通訳を担当された方です。

日本自閉症協会からのご依頼により、京都大学や国際日本文化研究センター、京都産業大学などを訪問される際に京都府自閉症協会でもインタビューをお受けしました。

そのご縁から、会報紙BEAMに寄稿いただいた原稿の全文を、当協会ホームページでもご紹介します。ベトナムにおける自閉症支援の現状や取り組みについて、ぜひご覧ください。

*ベトナム自閉症ネットワーク(Vietnam Autism Network)・・・ベトナムにおける自閉スペクトラム症の人の支援と啓発を目的にした組織。

1.法制度におけるASDの位置づけと課題

*チャン・ティ・ヴィエット・ハーさんは重度の自閉スペクトラム症のある子どもを育てる母親でもあります。

ベトナムでは、自閉スペクトラム症(ASD)について、法制度上で明確な定義はまだ示されていません。

2010年から有効になっている障害者法の第3条において、ASDのある人は「神経・精神障害」に分類される障害者として認められていますが、ASDについての独自の定義や説明は示されていません。

また、本法により、ASDは第3条1項e号において「その他の障害」として位置づけられています(ベトナム社会主義共和国国会、2010年)。

2.ASDの定義が不明確であることによる影響

ゴー・ヴィン・バク・ズォン他(2022)は、「自閉スペクトラム症のある子どもの医療サービスに対する国家管理:韓国とベトナムの比較研究」において、自閉スペクトラム症のある子どもの医療サービスに対する国家管理の法的基盤を確立するためには、「ASD」および「自閉スペクトラム症のある子ども」のことを法律で明確に規定する必要があると指摘しています。

したがって、ASDの明確な定義がない限り、自閉スペクトラム症のある子どもに対する医療サービスは医療サービス提供者から十分な関心を得られないか、医療サービスとしての本質を欠いた類似のサービスによって代替されてしまう可能性があります。

3.「その他の障害」として扱われることへの懸念

ダゥ・トゥン・ナム他(2015)は、「現在のベトナムにおける自閉スペクトラム症のある子どもへの政策」において、ASDを現行法で規定されている6つの障害類型のいずれかに分類することは必ずしも適切ではない」と主張しました。

「他の障害」としてASDを位置づけることはASDを軽度な障害とみなされてしまうおそれがあり、障害に対する誤った認識を生じさせ、スティグマや自閉スペクトラム症のある子どもへの困難を引き起こす可能性もあるとしています。

4.保護者が直面する情報不足と混乱

自閉スペクトラム症のある子どもを持つ親たちのオンライン・フォーラムでは、毎回多くの質問に対して、メンバー個人の視点に基づく解答が行われていますが、正確な情報提供かどうかは問題になっています。

相談や基本的な支援を行う公的なシステムはまだ整備されておらず、親たちはインターネット上に氾濫する膨大な情報の中で混乱し、不安を感じているのが現状です。

情報へのアクセスや判断は親達自らの認識に左右されており、誤情報や商業的な宣伝目的の情報が氾濫しているにもかかわらず、これらを統制する仕組みがまだありません。

5.早期発見・診断システムの現状

一方で、早期発見および診断のシステムは、ASDに対する早期診断と早期支援において極めて重要な役割を担います。

しかし、ベトナムには国家が提供する正式な自閉症児向けの早期発見・診断システムはまだありません。

ベトナム保健省は2021年3月21日付の決定第1250/QĐ-BYT号により、専門資料『ASDの診断および治療ガイドライン』を公布したものの、主に保健省内部での使用にとどまっています。

自閉スペクトラム症のある子どものことを最初に気づかれるのは、多くの場合、保護者や幼稚園の教師です。

早期発見や診断は主に言語能力や行動に関するいくつかの兆候を手がかりに行われ、そのため、ベトナムでは自閉スペクトラム症のある子どもの発見・診断年齢が比較的遅くなる傾向にあります。

国家レベルで早期発見・診断システムが整備されれば、より主体的かつ迅速に発見が可能となり、早期の介入および治療につながると考えられます。

6.ASDの有病率に関する研究報告

現在、ベトナムには自閉スペクトラム症のある子どもの数に関する体系的・公式な統計や情報は存在しません。これまでに行われた研究は小規模・限定的なデータに基づくものが多いです。

例として、グエン・タン・ドゥック他(2018)により、クアン・ガイ省において24〜72か月の子ども74.308名を対象にASD率を調査されました。

その結果、24〜72か月の280名の子ども、すなわち0.38%がASDと診断されたことが明らかになりました。そのうち、重度が63.57%、軽度または中等度が36.340%、男児の割合は女児の3.1倍です。

また、レー・ティ・ヴィ他(2021)はハノイ、ホア・ビン省、タイ・ビン省という北部3地域において、2017年に18〜30か月の子どもを対象にASD率および出生前・出生時のいくつかの危険因子を明らかにする研究を行いました。

その結果、3地域における18〜30か月児のASD率は0.75%であることが示されています。

7.急増するASD児と社会的課題

ベトナムにおける自閉スペクトラム症のある子どもの数は著しく増加しており、その対応は大きな社会問題として注目すべき状況になっています。

ダウ・トゥン・ナム他(2015)によると、中央小児病院のリハビリテーション科の統計では、2000年には前年に比べて、受診者数が122%増加し、2007年にはその数がさらに268%にまで達したとされています。

また、ホーチミン市においては、小児病院1号でASDの診察および治療を受けた子どもの数が、2008年には324人にのぼり、2000年と比較すると160倍以上に増加していることが報告されています。

8.根強く残るスティグマと保護者への影響

特にベトナム社会においては、ASDや自閉スペクトラム症のある子どもに対する社会的偏見が根強く残っていることが、この問題をさらに複雑にしています。

本問題について、カイン・ティ・ロァン他(2025)は研究「ハノイにおける障害のある子どもを持つ保護者のスティグマ体験と対処戦略」において、ベトナムではASDが「病気」あるいは「前世の業によって引き起こされたもの」とみなされる傾向があり、神経発達に関する障害として理解されていないことを指摘しています。

また、自閉スペクトラム症のある子どもの保護者は社会的な関わりの中でスティグマ(偏見・差別)を感じることが多く、親が差別を感じる割合は25.8~95%の範囲であると報告されています。

保護者が最も強く感じるスティグマは、「子どもの障害は親のせいだ」という非難を受けることです。

このようなスティグマの結果、保護者は多くの困難に直面し、子どものケアのために個人的な生活を軽視することを余儀なくされ、生活質の低下、介護負担の増大、抑うつ、さらにはメンタルヘルスへの深刻な影響を経験しています。

9.高まる支援ニーズと政策の重要性

現在、自閉スペクトラム症のある子どもの医療および教育に対する資源は十分に注目されていない一方で、自閉スペクトラム症のある子どもに対する医療・教育サービスへの需要はますます高まっています。このような状況において、ASDに関する社会的認識を高めること、そして自閉スペクトラム症のある子どもに関する政策が適切に実施されることは、家族および子ども本人にとって極めて重要なことです。

10.成人期以降を見据えた支援の必要性

また、毎年一定数の自閉スペクトラム症のある子どもが成人期に入り、その多くは、親が老いていくことや増大するケア費用の中で、自立生活することが難しく、将来への不安に直面しています。

両親がいなくなった後の生活保障も、深刻な社会福祉上の課題です。自閉スペクトラム症のある子どもが社会に適応し、可能な限り自立し、明るい未来を築くためには、保護者や地域社会の協力が不可欠であり、特に国家による制度的・政策的な支援と迅速かつ効果的な実施が求められています。


11.筆者自身の経験と日本での学び

重度の自閉スペクトラム症のある子どもを育てる親として、わが子が公立のインクルーシブ教育を実施する学校に通うことができない現状の中で、質の高い支援を提供する民間施設を探し出すことに大きな困難を感じてきました。

家族、友人、地域の人々の協力がなければ、就労を継続しつつ子どもの支援計画を立て、実行することは極めて簡単ではないと思います。

現在、自閉スペクトラム症のある子どもを育てる親への支援に関する理解を深めることを目的として、日本に留学しています。ペアレント・トレーニング、特別支援学校の制度、発達支援に関わる多様な仕組みについて学んでいます。

また、ベトナム自閉症ネットワーク(Vietnam Autism Network)を通じて、限られた資源の中でどのようにベトナムの親支援を充実させることができるかについて、より深く考察するようになりました。

今後は、日本の親たちとの交流や学びをさらに深めることで、ベトナムの親たちがより自信をもって歩むことができる実践的・明確な支援モデルの構築につながる知見を得たいと考えています。

自閉症認知向上のためのスポーツ大会(出典:Dai Bieu Nhan Dan紙)

参考文献

Dai Bieu Nhan Dan. (2025). ベトナム自閉症認知デーに数百人の自閉症児の参加(https://daibieunhandan.vn/hang-tram-tre-tu-ky-hao-hung-tham-gia-su-kien-ngay-viet-nam-nhan-thuc-ve-tu-ky-10363172.html).2025年10月14日アクセス)

Nhan Dan Dien tu (2024). 自閉症児の未来を照らす(https://nhandan.vn/special/thap-sang-tuong-lai-cho-tre-tu-ky/index.html )(2025年9月10日アクセス)

ベトナム保健省. (2021). 専門資料「自閉スペクトラム症の診断および治療ガイドライン」の公布に関する決定第1250/QĐ-BYT号. ハノイ: ベトナム保健省.

ダウ・トァン・ナム他. (2015). 現在のベトナムにおける自閉症児への施策. ベトナム社会科学ジャーナル, 11(96), 60–67.

カイン・ティ・ロアン他. (2025). ハノイにおける自閉スペクトラム症児の保護者のスティグマ体験と対処戦略. 公衆衛生ジャーナル, 66(10), 304–309.

レー・ティ・ヴィ 他. (2021). 北部ベトナム3省における18–30か月児の自閉スペクトラム症の現状および出生前・出生時の危険因子.予防医学ジャーナル, 31(7), 82–89.

ベトナム社会主義共和国国会. (2010). 障害者法第51/2010/QH12号. ハノイ: 国会事務局

ゴー・ヴィン・バク・ズオン 他. (2022). 自閉症児に対する医療サービスの国家管理:韓国とベトナムの比較研究.国家と法ジャーナル, 3/2022, 13–22.

グエン・タン・ドゥック他. (2018). クアン・ガイ省における24–72か月児の自閉スペクトラム症と関連要因. フエ医科大学ジャーナル, 8(6), 218–225.