投稿者|田中 一史氏
京都市児童福祉センター 児童精神科医
*田中先生は自閉症の弟を持つ「きょうだい」でいらっしゃいます。
(京都府自閉症協会について>きょうだい部 ご参照ください)
はじめに
宿泊療養生活と感染家族としての生活
この文章を執筆している2月中旬は、オミクロン株による新型コロナウイルス感染の波は過去最悪の拡がりとなり、皆様ご家族や生活の中あるいはすぐそばに感染の波が襲いかかっていることと思います。
私は昨年夏のデルタ株による第5波の時に新型コロナウイルスに感染し、宿泊療養生活を送ることになるなど生活において大変な事態を経験することとなりました。
さらに今年には、子どもがオミクロン株に感染してしまい、わが家としては2回も感染家族としての生活を経験することになってしまいました。
誰にでも起こりうることとして
ワクチン接種の効果もあって入院や重症化には至らず、高齢の母や自閉症を持つ弟に感染が波及することなく済みましたが、感染は完全に予防できるものではなく、誰にでも起こりうることとして備えるべきものと思い知りました。
私が体験した時と今とでは状況が異なりますが、私の体験や感じたことが皆様や皆様のご家族にとって、何らかの「見通し」の一つになれば幸いです。
感染の経過
コロナであってほしくないと葛藤
私が感染したのは8月の初めのことです。
週末にいつもより疲れやすく息切れするなと感じて、熱を測ると37℃台後半であり、咳や鼻汁、頭痛などの症状は一切ありませんでしたが念のため自室に篭り、しばらくすると38℃に熱が上がりました。
夜からは解熱剤を投与しても楽にならないレベルの高熱と倦怠感があり、翌日(発症2日目)コロナであってほしくないと葛藤しつつも周囲の説得と助言で発熱外来を受診し、抗原迅速検査にて新型コロナ陽性と判明しました。
心労の方が辛かった
症状は発熱と倦怠感だけで咳や呼吸苦、味覚障害などはなく、体のしんどさよりも職場や家族に迷惑をかけることや、今後の自分と家族の生活がどうなるのかの心労の方が辛かったと記憶しています。
保健所は多忙を極めているようで連絡が取れず、夜遅くに疲れた声で電話があり、症状や家族状況などの聞き取りなどを受け、次の日(発症3日目)に、宿泊療養決定の連絡があり、慌てて最短1週間のホテル隔離生活の準備をして、感染対策を施された大型の専用タクシーで自宅からはかなり離れた都心のビジネスホテルに移送されました。
ホテルに到着して以降は熱も下がり、受付時に配布されたパルスオキシメーターで酸素飽和度を定期的に計測していましたが、99%維持。
体温と酸素飽和度を1日2回アプリで送信し、宿泊施設付きの看護師に電話で状態報告を行うだけの隔離生活を送り、1週間で隔離生活を終え帰宅。
2週間ほど咳や体力低下は残り、後遺症を心配していましたが、1ヶ月後には以前の状態に戻りました。
家庭内での隔離生活
1月中旬にオミクロン株に感染した子どもの症状は私とは少し異なり、発熱と頭痛、咳などインフルエンザのような症状経過でした。
発熱があったことと一緒に食事をしたクラスメイトが検査で陽性と分かったことから発熱外来でP C R検査を受けることができ、その日に陽性と判明しましたが、昨年以上に多忙な保健所からの連絡はなく、そのまま家族内で隔離生活を開始。
子どものワクチンを接種していたので幸い症状はすぐに改善し、家族内に感染が広がることもなく元気なまま10日間の隔離生活を終えました。
宿泊療養について
宿泊施設の様子
宿泊療養になったことは、私にとっては家族内で感染が広がるリスクを減らせるので気分的にかなり楽になりました。
宿泊施設は一般的なビジネスホテルで広くはないものの十分快適で、テレビはもちろんオンデマンドコンテンツやWi-Fiも完備していたので時間を持て余すこともありません。
外出は当然禁止ですがずっと部屋にいないといけないわけではなく館内の宿泊療養者フロア内は自由に動けました。
リネン類や飲料などはセンタースペースに常備されており、必要時に自分で取りに行っていました。
酒やタバコの持ち込みは固く禁止
食事は決まった時間に弁当がセンタースペースに支給され、メニューは選べませんがデザートもあり不満はありませんでした。
洗濯はホテルによって違いはありますが、コインランドリーが使えます。
面会や差し入れは原則できず、酒やタバコの持ち込みは固く禁止されています。
同じように療養生活を送られている方の中には父親と子どもで一緒に隔離生活を送っている方もおられました。
もし状態が悪くなれば医務室で診察を受け、病院にうつされることもあるようでした。
もし自閉症の人や家族が感染したらどんな問題が起こりうるか
医療を受けることの難しさ
それぞれの家庭によって事情は違いますが、もし自閉症で重度知的障害の弟あるいは母親が感染した場合にどんなことで困るかを想像してみました。
まずは医療を受けることの難しさです。
症状の訴えができず、発熱以外の症状に乏しいため発症に気づかれにくく、発症後もパルスオキシメーターで酸素飽和度を見るぐらいしか重症度がわからないため、緊急受診を必要とするかの判断も困難です。
発症が疑われた場合の検査についても、発熱外来を受診し車の中などで鼻粘膜を綿棒で拭う検査を行う必要がありますが、この検査は誰にとっても非常に嫌なもので、弟がこの検査を受ける際には激しく暴れるため4人がかりで押さえつけるしかありませんでした。
隔離生活、家庭内感染予防の困難さ
次に隔離生活、家族内感染予防の困難さです。
弟、母親どちらが感染したとしても宿泊療養は現実的に無理で、マスクや手洗い、自室隔離などの感染予防行動もできません。
コロナ以外の病気であれば、私たち家族がサポートしたり、ショートステイなどの福祉サービスを使うなどやりようはあるかもしれませんが、コロナ感染の場合あらゆるリソースが使えなくなります。
家族や支援者が定期的に連絡して状態確認と必要な物資や情報を送るぐらいしかできないと思います。
症状が軽かったとしても普段やっていること、やりたいことが一定期間できなくなります。
できない理由やいつできるかの見通しを理解することも難しく、ドライブやお出かけしか楽しみがなく家での過ごし方を持たない弟にどうやって隔離期間を持ち堪えさせるかを考えておく必要を感じています。
今から準備できることはあるのか
いかにその被害を限定的なものにするか
自分で感染を経験して感じたのは、新型コロナに感染するということは自然災害に被災するのと同じであり、隔離生活は避難所生活を送ることとさほど変わらないということです。
自然災害同様、絶対に感染しないようにするという対策ではなく、いかにその被害を限定的なものにするかという考え方で備えるものだと痛感します。
医療面での備え
最優先になるのは医療面での備え、何よりも家族のワクチン接種です。
私と子どもは感染することを防ぐことはできませんでしたが、重症化や長期化、家族内感染を避けられたのはワクチンの効果が大きかったと思います。
まだまだ11歳以下の接種にはためらう方も多いでしょうし、注射に激しく抵抗する本人の接種も難しいですが、周囲の大人が接種を済ましているだけでも有効です。
あとは、かかりつけ医を持っておくと検査や医療の必要性について助言が得やすくなると思います。
食料や物資の確保の手段
次に考えたいのは、外出ができなくなった際の食糧や物資の確保の手段です。
2回の自宅隔離期間の間、知人や親族からの差し入れやネット通販に大いに助けられました。
行政からも食料や生活必需品の支援はありますが、届いたのは1週間経ってからでした。
もし隔離生活を送ることになったらと考えて事前に調べておくことをお勧めします。
家での過ごし方や余暇
隔離生活の準備としてもう一つ大事なことは、少なくとも1週間は外出が制限される生活になることを想定し、家での過ごし方や余暇、ささやかなイベントになる活動を考えておくことです。
私の子どもはゲームや動画視聴などで在宅生活をむしろ満喫していましたが、自閉症の人にとっては外出もできず予定もなく自由で見通しのない時間が続くことは非常に苦痛です。
例えばですが、「月曜は風呂で水遊び、火曜は粘土遊び」のように、日常の延長線上にあるような活動が一つでもあるといいでしょう。
おわりに
この2年間、社会全体に大きなストレスがかかり、以前と同じ生活ができない状態が続いています。
医療者としてコロナ禍に向き合ってきたつもりですが、自分自身が経験することでこれはただの感染症ではなく災害であり、体だけではなく生活や気持ちにも爪痕を残すものだと実感しました。
正しい情報と備え、そしてこころの安定を大事に、自分のできることを続けていこうと思います。拙文が少しでも参考になれば嬉しいです。